=思い出す風景=菜の花の候
まだ、その町が目覚めない早朝五時前、私は東北本線・北上駅近くを流れる北上川に向かっていました。降り立ったこともない町。分からないけれど川の気配がする方向へ。昭和四十一年夏、私は十九歳、学生。青森から乗車した夜行列車を降り、背の高い草が続く場所に。きっと、この草の向こうが北上川、その草の切れた隙間から入った私が見た風景は間違いなく目指していた場所。ゆったりと流れるだけの大きな北上川を前に、草に腰をおろし夢中で辺りを眺めている子供のような私が思い出の中にいつもいます。丁度、その頃戦時中に十代の若者により作詞、作曲された「北上夜曲」という歌謡曲が大ヒットしていたこともあり、「ここが、あの北上川。」と存分に味わい、後々その歌と共に忘れられない風景となりました。他にもひとコマ、ひとコマを断片的に思い出すことがありますが、これは自身が強く印象に残ったよい事や嫌な事なのでしょう。思い返すと消してしまいたいことも多々ありますが、概ね自身の気質に依って引き起こすように思います。
気学によって自分自身を知ることを会得しつつある現在、そう思うのですが、この持って生まれた「気質」というものは根強いもので、まさに「三つ子の魂百まで」です。慎重な星、早とちりが得意な星、穏やかな星、激しい星、キラキラした物がすきな人、目立たない地味好みな人、正義感の強いひと、融通が利く人、あらあらいつの間にか「星」から「人」になっていました。やはり、私はどこまでも俗人だ。
会長 伊藤聖優雨
